「ハケン」がどんなシステムなのかもよくわからないまま、
派遣先が決まり、
新しい仕事が始まった。
勤務先は、スーパーゼネコンの設計部
私の仕事は、簡単にいうと、「お手伝いさん」
管理費のデータを、オフコンに入力したり、
設計図書の製本を手伝ったり、
図面の発送を依頼したり、旅費交通費の計算をしたり、
来客や所属長にお茶を入れたり・・・。
まだ、このころは、インターネットの出始めの頃。
図面はデータ量が多く、
建築現場へは、宅配便で送ることが主流だった。
会社には、なんと「タイプ室」なるものがあり、
重要書類の清書は、こちらに持参し、
タイプで打ってもらっていた。
(これ、平成の話です・・・)
設計部に在籍の方は、
仕事柄、最先端の情報に詳しく、
既にPCオタクのような方がいらして、
ExcelやWordの使い方をこっそり教えていただいた。
(わかりやすかった!本当にありがとう!)
それまで、設計に携わる友人はいなかったので、
職場の方たちとのお話はとても新鮮だった。
デザインについて熱く語ってくれる若者。
設計とは何ぞやを教えてくれる年配者。
その中でも、女性の設計者たちは、
自分の世界を持っていて素敵だな、と思った。
設計をしている、ということは、
既に学生時代に、自分の進路を決め勉強してきた、ということ。
私には、欠けていた部分だったせいか、
まぶしく思えた。
その中の、何人かは、いまだにお付き合いが続いていて、
多分、一生のお友達だと、勝手に思っています
会社の保養所に旅行に行ったり、
同じ年代のみんなでスキーに行ったり
退職者の記念旅行に行ったり、
みな、「正社員」と変わらずお付き合い下さり、
何の不安も感じなかった。
新ビル建設のプロジェクトが終わり、
新ビルに入居し、
夢のような会社員生活を送らせていただいた。
5年が経ったある日、
所属長に、「皆で食事に行きませんか?」と誘われた。
切り出された話の主人公は私だった
「実は、あなたのポストは、来期は無くなることになりました」
聞いた場面は記憶にあるけど、
なんと答えたのか、まったく覚えていない
厳しかった女性上司とは、
入社後、ほどなくして仲良くなり、
付き合いは、退職後も続いた。
在職中に、プレゼントしていただいたマフラーは、
まだ現役です。
「流行を追うのもいいけど、
上等なものを長く使うのも、大切よ」と
おっしゃっていた